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CAS No.じゃなくてCAS RN®、そして有料よ

化学物質を分類整理するのに世界的によく使われているのがCAS RN®。Chemical Abstracts Service の頭文字。アメリカの化学者の学会「米国化学会」が論文や雑誌などの化学関連文献を調べやすくするために作り始めた番号。作り始めたのは1907年というからもう100年以上の歴史がある。いまでは「化学物質」と聞けば「CAS番号は?」とそこらじゅうで使われている。

一般的には「CAS No.」とか「CAS番号」とか言われてるけど、化学情報協会によると、これらは間違いで、正式表記は

  • CAS Registry Number™
  • CAS RN®
  • CAS 登録番号 (CAS RN®)

の3種類だそうです。®が付いていることからわかるとおり CAS RN は登録商標です。商標は大事ですね。とくに登録商標ともなると相当その呼び名に誇りがあるんでしょうからテキトーな呼び方をしては失礼ですね。気をつけましょう。

さて、同じく化学情報協会の資料によると、現在は 1.5秒に 1つのペースで CAS RN® が登録されているとのこと。すげー数。ここまでくるとそんな大量の申請をさばくのも、登録されているCAS RN®の重複整理や管理も、かなりお金のかかる仕事になってるらしい。

んなもんで、2017年から『CAS登録番号(CAS RN®)ライセンスプログラム』っちゅうのが始まってる。これ、平たく言うと『CAS有料化』です。CAS RN® を使うならライセンスプログラムに参加してライセンス料を払ってからねってことです。

をををををををををえをを??????!!!!!!!!

『SDS や医薬品添付文書、グリーン購入に関する文書中でのみ CAS RN® を掲載』する場合および『外部公開されておらず社内での使用に限られている』場合を除き『Webや紙媒体、データベースなどで CAS RN® を提供している場合は、ライセンスプログラムへの参加が必要』です。たとえば、カタログやWebサイトで CAS RN® を記載するならライセンスプログラムに参加してライセンス料を払う必要があるんですよ。

あ、そこのあなた、いま「え、やべぇ」と思うと同時に脳みその内側の大脳辺縁系あたりでフツフツと沸いてる何かが湧いて出てきましたか?初めて気づいた時はわたしは軽く沸いたものが湧いて出てきましたね。まあ、沸いたところでなにがどうなるわけじゃないし、単なる数字の羅列とはいえ、あんな膨大な数の情報を管理するには相当な労力を必要とするだろうことは容易に想像つくし、Cosmetic-Info.jpは CAS RN® を提供してますんでね、CAS RN® を管理している方々の日頃からのたゆまぬ努力に敬意を表しておとなしくライセンスプログラムに参加して毎年ン十万円お支払いしてますよ。

でもさ、化粧品の成分情報に CAS RN® って必要? もうさ「化学物質っぽいからCASね」とか条件反射みたいな仕事やめない? あれ、なくても困らないでしょ? だってさ、CAS RN® は光学異性体とか分子量とかちょっとした違いにも別々の番号を振って管理してるけど化粧品成分だと区別せずざっくりと名前つけてるから書いてある CAS RN® が本当にその成分の構造を正しく表してるのかどうかなんて調べようがないものも多いし、だからなんとなく番号が合ってれば異性体だの分子量だの細かいことまでは気にしてないでしょ? しかも化粧品成分って天然物もあるからそもそも CAS RN® の登録対象外の成分だってある。それに重複が見つかったりしていつの間にか抹消されてる CAS RN® もあるし。そういう「たぶん合ってる」程度でOKだったり、CAS RN® がない成分があってもOKだったり、古い CAS RN® が使われててもOKだったり、そんなんで仕事がちゃんと回ってるんだから、その程度の情報なら全部なくていいじゃんよ、とか思わない? 表示名称の成分番号とかINCIのMonograph IDの方がよっぽど現実に沿った整理番号だと思う。

ねえ、誰か業界の世界的にエライ人がさ「CAS RN® があるかないかは化粧品の成分であるか否かとは無関係だし、どうせだいたい合ってりゃいい程度の情報でしかないんだから、もう化粧品の成分情報に CAS RN® はいらないよ。CAS RN® を書けとか言う奴がいても無視してオーケー」とか言ってくんないかな。CAS RN® なんて書類受け取った人が「チェックした実感が得られる、仕事した気分になれる」程度の意味しかないんじゃない?

あ、いや、ライセンスプログラムの費用が高いなあとかいう個人的な不満が理由じゃないですよ、決して、ええ、決してそんなことは、わたしは業界の健全な将来のアレをアレしてアレだから・・・・ていうか高いよ!高い! ガンプラ何個買えると思ってんだ。ガンプラ作るヒマないけど。ああ、ガンプラ作りてえぇぇぇぇぇ。化粧品業界から CAS RN® が消えたらガンプラ作る時間がとれるかなぁ、とれねえだろうなぁ。じゃあ CAS RN® あってもいいや。うん、前言撤回 CAS RN® 万歳。

JASRACめぇ

音楽教室の経営者として看過できない!

音楽教室で演奏される楽曲に、日本音楽著作権協会(JASRAC)が著作権使用料を徴収できるかどうかが争われた訴訟の控訴審判決で、知財高裁(菅野雅之裁判長)は18日、教師と生徒いずれが演奏しても徴収できるとした1審・東京地裁判決(2020年2月)を変更し、生徒の演奏については徴収できないとの判断を示した。

2021年3月18日毎日新聞より

生徒の演奏については徴収できないとか当たり前だと思うんだけど、そんな当たり前のことすら1審では通らなかった。とりあえず今回の2審で生徒の演奏に演奏権が及ばないという判決が出たのは一歩前進。つぎは「先生のお手本にも演奏権は及ばない」という判決を得ることだ。がんばれ「音楽教育を守る会」!

まず状況を整理しておく。著作権使用料というと「楽譜代で著作権料払ってるんじゃないの?」って話がまず出てくるんだが、楽譜の著作権料は「楽譜を使うにあたりその楽譜を書いた人に使用料を払う」という話。いま問題になっているのは「楽曲を演奏するにあたりその演奏権を持っている人に使用料を払う」という話。別の権利だし著作権使用料を受け取る人も別。

「演奏権」というのは

著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として上演し、又は演奏する権利を専有する

著作権法第22条

↑この権利。だから、楽譜を買って自宅でひとりで演奏を楽しむなら楽譜著作権使用料は必要、演奏権使用料は不要。楽譜買わず耳コピーで練習した曲でコンサートするなら楽譜著作権使用料は不要、演奏権使用料は必要。楽譜買ってコンサートやるなら楽譜著作権使用料も演奏権使用料も必要。でも、楽譜を買ってベートーベンの曲を演奏するなら楽譜を書いた(楽譜を清書して出版した)人へ著作権使用料を払うけど、演奏権はとっくに消滅しているので不要・・・とまあこんな感じ。楽譜を書いた権利と、演奏する権利は別ってことね。

で、次に出てくるのは「じゃぁ文化祭で演奏するのも演奏権料が発生するの?」「鼻歌歌っても演奏権料取られるの?」という疑問。これは大丈夫。著作権法では「非営利・無料・無報酬」の3つが同時に成立している場合は著作権が及ばないとしている。文化祭は非営利活動で、いかなる名目でもお金をとってないし、演奏している生徒に報酬はない。非営利・無料・無報酬が同時に成立しているので、演奏権は及ばない。鼻歌も非営利・無料・無報酬が同時に成立している状況であれば演奏権は及ばない。ただし3つのうちどれかひとつでも欠けたら演奏権料の支払いが必要になる。たとえば、近所の人を呼んで趣味のピアノの演奏を聴いてもらうとする。せっかくだからおいしい紅茶でも飲みながら聴いてもらおうと思い、お茶代50円だけ払ってね。とやったら、無料じゃなくなるので、演奏権料の支払いが必要になる。著作権法の解釈では「名目を問わず」とされているので、お茶代だろうが何だろうが演奏を聞くにあたってお金を払うとなったらそれは無料じゃないと解釈される。


閑話休題。

さて、JASRACは「音楽教室で生徒や先生は楽曲を演奏している。音楽教室は営利事業だから非営利&無料&無報酬になってない。だから演奏権使用料を払いなさい。」というロジックで、ピアノ教室やバイオリン教室など音楽教室から演奏権使用料を徴収し始めた。クラシック音楽など演奏権が消滅している楽曲もあるので、レッスン中にJASRACが演奏権を管理している楽曲だけについて先生および生徒が何分間演奏したのかを記録して相当する演奏権料を支払う方法と、細かい計算せずざっくり売上金の2.5%を支払う方法がある。

これに対して、音楽教室側は「先生や生徒の演奏は、公衆に聞かせることを目的としたものではないのだから、そもそも演奏権自体が生じてない」という主張。演奏権とは「公衆に直接聞かせることを目的として演奏する権利」なのだから、先生や生徒は公衆じゃないし、聞かせることが目的でもない、演奏権の外だ、と。

ポイントになる論点は2つ。

  • 先生や生徒は「公衆」なのか?
  • 先生や生徒の演奏は「聞かせることを目的」としているのか?

これに対するJASRACの主張をかいつまんで言うと、音楽教室の生徒はお金を払えば基本的には誰でも先生の演奏を聞くことができ、広く宣伝をして生徒を募集している。これはお金を払えば基本的には誰でもバンドの演奏を聞くことができ、広く宣伝をして客を集めているライブハウスと何の違いもない。ライブハウスの客が公衆であるのだから音楽教室の生徒も公衆である。さらに、JASRACは職員を主婦と偽って音楽教室に生徒として潜入させ、音楽教室での様子を裁判で

陳述書によると、レッスンでは講師の模範演奏と生徒の演奏が交互に行われた。JASRACが著作権を管理する「美女と野獣」を講師が演奏した際は、ヤマハが用意した伴奏音源とともに弾いたため、「とても豪華に聞こえ、まるで演奏会の会場にいるような雰囲気を体感しました」と主張している。また「生徒は全身を耳にして講師の説明や模範演奏を聞いています」と記している。

2019年7月7日朝日新聞デジタルより

音楽教室での先生や生徒の演奏は「聞かせることを目的としている」というのだ。生徒は公衆だし、先生の演奏も生徒の演奏も聞かせることを目的としているのだから演奏権が及ぶ、とJASRACは主張してて、1審ではマルっとこの主張が通ってしまった!アホかと思う。

このたびの2審判決では、生徒の演奏については『演奏技術の向上が目的で、本質は、教師に演奏を聞かせて指導を受けることにある。公衆に聞かせることが目的だとはいえない』という判決。んなの当たり前だろ。こんな当たり前の話が1審では否定されてたんだから驚きだよ。問題は先生の演奏だよ。2審でも先生の演奏については『生徒は人数にかかわらず公衆に当たり、生徒に聞かせる目的があるのは明らかだ』として、演奏の長さを問わず、JASRACが著作権使用料を請求できるという判決。百歩譲って生徒が公衆だとしてもだよ、先生がお手本みせるのは指導することが目的であって聞かせることが目的じゃないでしょうよ。

先生のお手本に演奏権が及ぶというなら、これ音楽教室だけの問題じゃなくなるのよ。たとえば、サークルとか部活の練習中に(交通費など名目を問わず1円でも報酬をもらってる)指導員がお手本を演奏しちゃったら、そのたびごとに演奏権料の支払いが必要になるのよ。サークルや部活の指導する人は気をつけないと、たとえ数百円の交通費でも受け取ったら非営利&無料&無報酬の条件が欠けるので、理屈ではお手本を見せた瞬間に演奏権料の支払いが必要になる。それだけじゃなく、音楽学校だって先生は生徒にお手本を演奏してるし、普通学校だって音楽の授業で先生は生徒にお手本を演奏してる。ピアノ教室もサークルも部活も音大も普通学校も、先生が生徒にお手本を演奏して見せたらそのたびごとに演奏権料が徴収されることになる。これ、どう考えてもおかしい。こんなことあってはいけない。

学校の授業に話が波及するとJASRACがいっきに不利になるのはJASRAC自身も気づいているので、いまは超絶苦しい言い訳を並べ立てて「学校は大丈夫ですよぉ〜」と言ってるけど、どうせそんなの今だけだわ。音楽教室と音楽大学で、先生が生徒に手本を見せることに何の違いもないのだから、音楽教室からの演奏権料徴収が軌道に乗ったら、次はサークルや部活、そして音楽学校、最後は普通学校の音楽の授業にまで波及するのは見え見え。そうなってから「先生のお手本に演奏権が及ぶのはおかしい」とか言っても遅い。

JASRACは、

学校の授業での演奏利用は、著作権法38条1項に該当するため管理の対象ではありません。

JASRAC「楽器教室における演奏等の管理開始について(Q&A)」より

とかもっともらしいこと言ってるけど、著作権法38条1項って↓これよ。

営利を目的とせず,観客から料金をとらない場合は,公表された著作物を上演・演奏・上映・口述することができる。ただし,出演者などに報酬を支払う場合はこの例外規定は適用されない。

著作権法第38条1項

最初に書いた「非営利・無料・無報酬」の3つが同時に成立している場合は、著作権は及ばないっていう規定。これ、いかにも苦しいでしょ。だって学校の先生のお手本は非営利&無料&無報酬が成立してるって・・・・・はあ? 学校が「非営利」だってのはいいよ。でも生徒は学費を払ってるんだし、先生は給料もらってるんだから無料でもないし無報酬でもないだろ。JASRACは、学校法人は非営利である&生徒の学費は先生のお手本を聞くために支払っているものではない&先生はお手本を演奏することは給与に含まれてない、だから非営利&無料&無報酬が成立してるって強弁してるけど、どう考えても変だよ。先生がお手本を演奏している時間は学費が無料なの?じゃあ年間で先生がお手本を演奏した時間に応じて学費が返金されてるの?んなわけないじゃん。先生がお手本を演奏している時間は先生は無報酬なの?じゃあ毎月授業でお手本を演奏した時間に応じて先生の給料が減らされてんの?んなわけないじゃん。ブラック企業かよ。

しかもJASRACは「学校は非営利&無料&無報酬だから大丈夫」って言ってるだけで、「学校の先生がお手本を演奏することは公衆に直接聞かせるための演奏に該当する」ことを否定してない。そう、そうなんです。非営利&無料&無報酬が成立してないと解釈変更した瞬間に、学校も演奏権使用料の徴収対象になっちゃうという状況なんですよ。

音楽教室からの演奏権料徴収が軌道に乗ったら、次はサークル活動、そして音楽学校、最後は普通学校の音楽の授業にまで波及するよ。そうなってから「やっぱり先生のお手本に演奏権使用料が生じるのはおかしい」とか言ってももう遅い。まじで、いま、このときに「先生のお手本に演奏権使用料が生じるのはおかしい」ってことにしないとダメだと思うよ。