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医薬部外品申請成分名の波ダッシュ問題

いやぁ、面倒くさい話ですよ。

前提知識

  • 「〜」(波ダッシュ:U+301C)は、○から○まで、のような範囲を表現するときに使用する記号です。
  • 「~」(全角チルダ:U+FF5E)は、スペイン語やポルトガル語で ñ とか ã など文字の上に乗せる発音記号の全角文字です。

厚労省が作成した成分名一覧

さて、医薬品や医薬部外品の製造販売承認申請で使用する成分名は厚労省の「FD申請 電子様式定義書」をダウンロードした中にある「成分コード(CODE106)_202406.xls」というEXCELファイルで確認することができる。

https://web.fd-shinsei.mhlw.go.jp/download/style/index.html

全角チルダが使われている

この成分名一覧のEXCELファイルで『アルキル(8〜16)グルコシド』とか『ポリオキシエチレンアルキル(12〜15)エーテルリン酸』とか『安息香酸アルキル(C12〜C15)』とか名称の中に範囲を表す記号を含んでいる成分を波ダッシュで検索してもまったく該当しないという問題がある。

なんと、厚労省が作成している医薬品等新申請・審査システムのコード定義表「CODE106 成分コード」で記載されている成分名では、範囲を示す「波ダッシュ」であるべき文字が、すべて発音記号の「全角チルダ」で作成されているのだ。だから「8〜16(はち波ダッシュじゅうろく)」だと検索しても見つからず「8~16(はち全角チルダじゅうろく)」で検索すれば見つかる。これは厚労省が配布している「医薬部外品原料規格2021」のPDFファイルでも同じだ。

「〜」も「~」も見た目が同じだから画面や印刷で見るにはあまり問題にならないが、データをデータとして取り扱うようになったこの情報化社会では、見た目が同じならどっちの文字で書いてもいいじゃん、にはならない。

なぜ全角チルダ?

しかし、なぜ厚労省は医薬部外品の成分名で、範囲を表す記号に波ダッシュを使わずに発音記号の全角チルダを使ってるのだろうか。

古今東西ありとあらゆる文字という文字を全てひとつのコード体系に統合する「ユニコード」。1990年代から始まったユニコードコンソーシアムによる統合作業の初期段階において、波ダッシュは左から右に向かって「下がってから上がる」という上下逆の間違った字形で登録されてしまったのがおそらくこの問題の元凶だと思う。欧米企業が主導するユニコードコンソーシアムでは、いわゆる「中華フォント問題」に代表されるように非英語圏の文字の形状に対する感覚が極めて鈍い。波ダッシュも日本語文字(英語圏で範囲を示す記号は「–」である)だからおそらく欧米人にとっては興味の範疇外だったのだろう。ようやく波ダッシュの形状が訂正されたのは 2014年のユニコードver.7 からだ。

さて、パソコンに搭載される標準フォントは当然のようにユニコードコンソーシアムが定めた形状をもとにデザインが作られる。ユニコードコンソーシアムが波ダッシュを間違った形状で定義してしまった結果、Windows XP に代表される 2000年代初頭のパソコンにインストールされている標準フォントで波ダッシュは、画面表示も印刷も左から右に向かって「下がってから上がる」形状でデザインされてしまっていた。欧米人にとってはどうでもいいことかもしれないが、日本人にとっては極めて違和感のある。

このころ日本では主に下記の3つのどれかで対応していた

  1. ユニコードコンソーシアムが定めた文字形状に準じて波ダッシュが「下がってから上がる」形状でデザインされたフォントをなんか変だなぁと思いつつも使う。
  2. ユニコードコンソーシアムが定めた文字形状に反して波ダッシュが「上がってから下がる」形状でデザインされたフォントをインストールして使う。
  3. 本来の波ダッシュと形状がそっくりな全角チルダを使う。

1.や2.で対応していれば、パソコンやスマホに搭載されている標準フォントのデザインがいずれ訂正されれば自然と問題は解決できたのだけど、世の中の多くの人はそもそも原因がわからないのでこういう結論には辿り着けず、3.の対応をしていた人が非常に多かった。

しかも、Windows XP に標準搭載されている日本語IME(かな漢字変換)が、波ダッシュを使おうとする入力に対して積極的に全角チルダに変換して出力しようとすることも問題を増強してしまい、波ダッシュであるべき場所に全角チルダが入力されている日本語が大量に生成されてしまうこととなった。いまも、Windows 10 に標準搭載されている日本語IMEで「から」と入力するとデフォルトでは「~」(全角チルダ)が先に出てきてしまう。

「IMEパッド – 手書き」を使ってニョロっと書くと「〜」(波ダッシュ)が出てくるので、こうやって何度か波ダッシュを出していると、そのうち「から」を変換したときに「~」も「〜」も変換候補に出てくるようになる

「IMEパッド – 手書き」だと波ダッシュが出る

変換候補として両方出てくるようになるのはいいんだけど、どちらも見た目がそっくりすぎて区別がつかない。[全] と書いてあるのが全角チルダで、[環境依存] と書いてあるのが波ダッシュだ。

[全] が全角チルダ、[環境依存] が波ダッシュ

波ダッシュには [環境依存] というラベルが付いているが、これはフォントデザインが古い環境だと上下逆さまになるかもしれないという話であって、環境によって「③」が「㈫」になってしまうような文字の表す意味そのものが変わってしまう環境依存とはまったく違う。なので、範囲を表す場合は [環境依存] のラベルに恐れることなく積極的に波ダッシュを使うべきなんだけど、[環境依存] なんてラベルつけられるとどうしても使っちゃいけない文字って感じがしちゃうよな。

いまも全角チルダを使う厚労省

厚労省が作成している医薬部外品の成分名も、波ダッシュの形状が変だった時代に、見た目重視で全角チルダを使っていたのだろうか。もしかしたら Windows XPの標準IMEが「から」を変換すると全角チルダを出してくるから何も考えず全角チルダを入力してたのかもしれない。しかし、これは明らかに範囲を示す文字なのだから、本質的には波ダッシュを使わなければいけない。

波ダッシュの形状問題はとっくに解決されているのだから、できるだけ早急に本来の正しい意味を持った文字に置換すべきだけど厚労省の担当者はこのことに気づいてないのだろうか? いまもって全角チルダを使い続けている。Cosmetic-Info.jp では悩みに悩んだ挙句、厚労省が作成している成分名データとのデータ突合性を重視して全角チルダで合わせているけど、正直言って恥ずかしい。

早ければ早いほど傷は浅い。いまならシレッと書き直したってバレないよ(気づく人はこの問題を理解している人だから即応できるし)。とにかく早く書き直しちゃってくれよ>厚労省

気づかずに全角チルダを使っている

  • Windows の標準かな漢字変換プログラムが「から」を全角チルダに変換しようとする。
  • 波ダッシュが出てくるように学習させても、波ダッシュには [環境依存] というラベルが付いてしまっているので、[全] と書いてある全角チルダを選択してしまいがちである。

Windows のこの挙動が変わらない限り、今後も範囲を示す記号に間違って全角チルダが使われてしまう文書が作られ続けるのだろう。そして、ちゃんと波ダッシュで作られた文書が「検索できない!」「変な文字を使うな!」といういわれのない罪を着せられ続けるのだろう。マイクロソフトは罪だなあ。

成分選択の自由と責任

現在の化粧品成分に関する規制は

  • 防腐剤、紫外線吸収剤、有機合成色素
  • それ以外の成分

の大きく2つに分かれます。

防腐剤、紫外線吸収剤、有機合成色素

やっていいこと」を定義しています。

  • 防腐剤は、化粧品基準別表第3に記載されていることだけが許可されている。
  • 紫外線吸収剤は、化粧品基準別表第4に記載されていることだけが許可されている。
  • 有機合成色素は、医薬品等に使用することができるタール色素を定める省令に記載されていることだけが許可されている (加えてこれよりも厳しい粧工会ガイドラインに従うことが強く推奨される)。

ここに書いてないことは禁止です。これは配合可否判断が楽チン。

防腐剤、紫外線吸収剤、有機合成色素以外

やってはいけないこと」を定義しています。

  • 医薬品の成分は配合禁止(ただし例外あり)。
  • 生物由来原料基準に適合しない成分は配合禁止。
  • 化審法第一種特定化学物質、第二種特定化学物質に該当する成分は配合禁止。
  • 厚生労働大臣が別に定めるものは配合禁止(私の知る限りではまだ存在しない)。
  • 化粧品基準別表第1に収載されている成分は配合禁止。
  • 化粧品基準別表第2に収載されている成分は記載されている条件に使用を制限。
  • 不純物等も含め、感染のおそれがある物を含む等その使用によって保健衛生上の危険を生じるおそれがある物であってはならない。
  • などなど

じゃあここに書いてないことは許可されているかといえばそうではない。ここに書いてないことは「やっていいともだめとも言ってない」成分です。このような明確に禁止や制限を受けていない成分を化粧品成分として使用していいかどうかは化粧品製造販売業者が自らの責任において判断することになっています。これが2001年4月の化粧品規制緩和の肝です。

ここで各化粧品会社の自由と責任のバランス感覚が問われます。責任を恐れるあまりせっかくの自由をまったく行使しない安牌に全振りの化粧品会社から、極めて無責任に自由だけを享受する危険側に全振りの化粧品会社まで実にさまざまです。

化粧品成分の配合可否

化粧品業界で技術情報の提供を生業としているので、質問や相談をよく受ける。多い相談の一つが「この成分って化粧品に配合していいの?ダメなの?」という配合可否判断だ。

最終的には「化粧品製造販売業者が自らの責任において自由に選択できます」という定型文に集約されるんだけどね。

2001年3月以前

かつて(2001年3月以前)は、化粧品は「品目ごとの承認制」でした。この制度の下では、たとえば成分Aを3.0%配合したフェイスクリームが承認されたとすると、これによって成分Aを基礎化粧品に3.0%配合したという「前例」ができ、これによって成分Aの基礎化粧品への配合上限は3.0%という種別許可基準が定まります。その後、どこかの会社が成分Aを4.5%配合した化粧水の承認を得たら、成分Aの基礎化粧品への配合上限は4.5%に更新されます。もし成分Aを20%配合した乳液を作りたいと思ったら、基礎化粧品に成分Aを20%以上配合した化粧品が過去に承認された前例があるかどうかを調べる。前例があればOK。なければ前例を作るためにダミー処方で申請をして「前例」を作るところから始める。

どの成分がどの種別に何%まで配合していいのかの情報をまとめて公開していたのが「化粧品種別許可基準」。別紙規格といった例外はあるものの、基本的にはこの化粧品種別許可基準に書いてあることがやっていいことで、それ以外はやっちゃダメ、と配合可否判断は極めてシンプルでわかりやすかった。

2001年4月以降

2001年4月に化粧品の規制緩和が行われた。国が責任を持って一品一品を確認し承認する品目ごとの承認制度は廃止され、化粧品会社が自らの責任において判断し国には発売することを報告するだけの「品目ごとの届出制」に変わった。

これに伴い成分の配合可否判断は、化粧品会社が自らの責任において判断することになった。いいかダメかは法律などをよーく読んで化粧品会社が自分で考えて決めろ、と。

防腐剤、紫外線吸収剤、有機合成色素に関しては、国が許可した成分を許可した範囲内だけで使用するという2001年3月以前とほぼ同様の「やっていいといったこと以外はやっちゃいけない」制度が残っているものの、それ以外の成分については『化粧品に配合する成分は化粧品製造販売業者が自らの責任において自由に選択できる』のが2001年4月以降のルール。

配合可否は、国が決めてくれるわけでも、粧工会が決めてくれるわけでもなく、ましてや原料会社が決めるものでもない。さすがにこれはダメですよという禁止や制限事項は守らなければならないが、それ以外は化粧品会社(化粧品製造販売業者)が自らの責任において自由に決めていい。

自由と責任はセットです

最近はこの『自由』という部分だけしか見えてないのか?と疑いたくなる化粧品会社が散見される。『自らの責任において』自由なんだよ。何してもいいけど、それは結果に対する責任をしっかり果たすことが前提なんですよ。よく、原料会社に「この成分は化粧品に配合していいの?」って聞くことがあるけど、聞くのはいいけど、配合可否判断の自由と責任はセットで化粧品製造販売業者にあるってことを忘れちゃダメよ。成分選択の「自由は化粧品会社」「責任は原料会社」なんていう不均衡はおかしいでしょ?

なお、ここでいう「責任」ってのは「何かあればオレが全部責任取るから、やれ!」みたいな能天気なわたしがカッコよく決めたい時に使う決め台詞のような軽いものではない。法律やガイドラインをどのように解釈するのか、その結果発生する利益もしくは損失に対して具体的にどう責任を取るのか、取れるのか。自社が果たすことができる社会的責任の範囲を見極めて判断しないといけない。とくに健康被害のような経済損失とは次元の違うリスクがある場合には慎重な判断が求められる。

四半世紀前まで、誰がどう考えてもなんの問題もない成分であっても国からやっていいと言われてないことはやってはいけない。化粧品会社は国がやっていいと決めた範囲の中で化粧品を作っていた。成分選択の自由がない代わりに責任もない。この時代に化粧品薬事をしていた人や、今もそのような制度で運用されている医薬品業界から来た人の中には、成分の配合可否は誰かが決めてくれているという他責の思考が抜けず化粧品成分の配合可否の「自由と責任のセット」についてこれてない人もいる。

判断が分かれる広大なグレーゾーンがある

さて、配合可否は化粧品製造販売業者が自らの責任において判断するわけですが、その判断において誰がどう見ても配合可能って成分から、誰がどう見ても配合不可って成分までの間に、配合可・不可の判断が会社によって分かれる「グレーゾーン」が存在します。もし配合しようとしている成分がグレーゾーンであった場合、化粧品製造販売業者は自らの責任において白か黒か判断しなければなりません。他責の思考が抜けない人はここで原料会社がいいって言ってるとか表示名称があるとか、自分ではない誰かが責任を持って決めてくれてるはずだと考えがちです。でもそうではありません。原料会社からの情報や他の化粧品会社の動向などから、自らの責任において判断しなければなりません。成分選択の自由は化粧品製造販売業者にあるし、成分選択の責任も化粧品製造販売業者にあるんです。

化粧品成分の配合可否判断は奥が深いですよ。