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2 化粧品成分の分類 / 化粧品の成分

化粧品の中には、マスカラ、ネイル化粧料、毛髪着色料のようなかなり独特な設計が行われるアイテムもあるが、多くのアイテムは「水性成分」「油性成分」「界面活性剤」「着色剤」という化粧品設計の基本となる成分に「品質向上剤・品質保持剤」「有効成分・美容成分」という添加剤を加えた6つに分類される成分の組み合わせで説明できる。本稿ではこの分類に沿って化粧品の成分を説明する。

化粧品設計の概念図

ただし、化粧品成分の自由化以降、新素材や複合素材の開発が大きく進展し、従来の分類には当てはまらない成分や複数の分類にまたがる成分が次々と登場している。そのため同じ成分でも書籍によって異なる分類になっていたり、分類の項目そのものが異なっていることも多くなってきたことは知っておく必要がある。

2.1 水性成分、界面活性剤、油性成分、着色剤

「水性成分」「界面活性剤」「油性成分」の3つの組み合わせで多くの化粧品、特にスキンケア化粧品の基本設計を説明できるため、この3種類をまとめて「基剤」と呼ぶことも多い。

たとえば水性成分を使えば化粧水を設計できる。界面活性剤を使えば固形石鹸や洗顔パウダーを設計でき、界面活性剤を水性成分で適度に希釈すると洗顔フォームやシャンプーを設計できる。油性成分を使えばフェイスオイルやヘアオイルを設計できる。油性成分に界面活性剤を加えればクレンジングオイルを設計できる。水性成分と油性成分を界面活性剤で安定した混合状態にすることで乳液、クリーム、ヘアコンディショナーといったいわゆる乳化物を設計できる。このようにスキンケア化粧品の基本設計の多くが水性成分、界面活性剤、油性成分の組み合わせで説明できる。

これに、肌に色を付ける「着色剤」を加えると主だったメイクアップ化粧品の設計も説明できる。

着色剤をそのまま使えば粉末状のルースファンデーションを設計できる。着色剤に油性成分を加えると撥水性と付着性に優れた油性ファンデーションや口紅を設計できる。着色剤を水性成分と油性成分と界面活性剤からなる油中水型乳化物に混ぜれば、のびの良い適度な塗りやすさと適度な化粧持ち、スキンケア効果のバランスに優れた液状ファンデーションやクリームファンデーションが設計できる。

主だった化粧品アイテムの基本設計は以上のように4つの分類に属する成分の組み合わせでおおむね説明できる。水性成分、界面活性剤、油性成分、着色剤は大分類であり、それぞれの分類の中は性質や役割によってさらに中分類、小分類と細分化されている。たとえば、界面活性剤で固形石鹸を設計できるが、界面活性剤ならなんでもよいわけではなく固形石鹸の設計に適した界面活性剤がある。個々の大分類の中がさらにどのような性質に着目してどのように分類がされているといった各論は以降の各章で説明していく。

2.2 品質向上剤・品質保持剤

前項のような成分の組み合わせが、各アイテムの基本設計だが、これだけでは手作り化粧品レベルである。流通される商品としての化粧品は、工場で製造され、工場の倉庫に入り、店舗へ出荷され、店舗の倉庫に入り、店頭に陳列され、消費者が購入し、使い始めて、使い終わるまで、非常に長い時間がかかる。気に入った色の化粧品が使っているうちに変色したり、香りが気に入って買った化粧品が使っているうちに変臭したり、気に入った化粧品がカビてしまったりしてはいけない。消費者が使い始めてから使い終わるまでしっかりと品質を維持するために「増粘剤」「pH調整剤」「防腐剤」「酸化防止剤」「キレート剤」「紫外線防止剤」などの品質向上剤や品質保持剤と呼ばれる成分を必要に応じて選択し適切な量を配合することで、はじめて流通に耐えうる「商品」になる。

化粧品の品質は一般に「必要品質」と「魅力品質」の2つに分類されている。このうち必要品質は「必要」という文字からわかるとおり、全ての化粧品が備えていなければならないあたりまえの品質である。そのためほとんどの消費者や評論家にとって必要品質は興味の範疇外であり、評価はもっぱら魅力品質に集中する。必要品質の確保は化粧品製造販売元の責任感にすべてがかかっているといっても過言ではない。品質向上剤や品質保持剤という文字に対して負の印象を持ち、こういった成分を使わないことに魅力や価値を感じる消費者がいることは確かだが、その魅力品質にこだわりすぎて必要品質を確保できない化粧品は、より重大でより深刻な問題を引き起こすことになる。必要品質あっての魅力品質であることを化粧品の提供者は常に意識しなければならない。

酸化防止であればBHT(ジブチルヒドロキシトルエン)ではなくトコフェロール(ビタミンE)を使うとか、防腐殺菌であればパラベン類ではなくフェノキシエタノールを使うなど、品質保持剤に対する否定的な印象に配慮しつつ必要品質を確保する方法はいくつかある。また、化粧品製造販売元は自らの責任をよく考え、いたずらに不安感をあおって必要品質の重要性をおとしめる方法での商品の差別化や広告手法は慎むべきである。

2.3 有効成分・美容成分

化粧品の差別化に必要な成分が有効成分や美容成分である。

各社からさまざまな化粧品が販売されているが、前述の通り化粧品の基本設計は長い歴史の中で、考え方もそれを実現するために使用する成分もある程度決まっている。たとえば化粧水であれば、「うるおいを与え、うるおいを保つ」ことが目的の商品なので、水(うるおいを与える)と保湿剤(うるおいを保つ)の2つで構成するのは必然と言える。そしてそれを実現するために使用する保湿剤は保湿作用に優れたグリセリン、防腐性を高めるBGやDPG、感触を大きく変えるヒアルロン酸Naや糖類やPEGといった組み合わせが定番中の定番となっている。

では各商品の違いはどこにあるのか。商品の特徴や差別化のポイントになるのが有効成分や美容成分と呼ばれる成分である。化粧品の基本機能に「プラスアルファ」する成分と言うとわかりやすいかもしれない。

「この化粧水は化粧水の基本機能に加えて美白の働きを持った成分を配合しているので美白が気になる方におすすめ。」「この化粧水は化粧水の基本機能に加えて炎症を抑える成分を配合しているのでニキビや髭剃り後など炎症が気になる方におすすめ。」「この化粧水は抗シワの働きを持った成分を・・・。」「この化粧水は肌質改善が期待される成分を・・・。」「この化粧水は・・・・・」。このように基本設計に、紫外線防止成分、美白成分、抗炎症成分、抗シワ成分、肌質改善成分、血行促進成分、皮脂抑制成分など消費者の肌悩みや希望にあった特性を有する成分を加えることで、商品に特徴が生まれ、差別化のポイントとなる。

2.3.1 有効成分

医薬部外品において商品の特徴や差別化のポイントとなる成分が「有効成分」である。

医薬部外品とは、特定の成分によって美白、殺菌、血行促進、染毛、殺虫、栄養補給など特定の効能効果を発揮するもので、人体に対する作用が穏やかなものである。特定の成分で特定の効能効果を発揮するという点は医薬品のようであるが、人体に対する作用が穏やかであるため医師等による指導なしに自由に使える点は化粧品のようでもあるため「医薬品と化粧品の中間」と表現されることもある(ただし医薬部外品には殺虫剤や栄養ドリンク剤など化粧品的でないものが含まれているため微妙に変な表現ではある)。

医薬部外品において特定の効能効果を発揮する成分が「有効成分」であり、化粧品的なものでは「肌荒れ改善」「抗炎症」「殺菌」「美白」「抗シワ」などといった効能効果を発揮する成分が知られている。有効成分は、効能効果や安全性に関する膨大な実験データをもとに国による審査を経て承認されるもので、これにはかなりの時間と費用がかかるため新規有効成分の開発は資金や人材が豊富な企業にしかできない。そのため医薬部外品の有効成分は、その成分を開発した企業の技術力そのものを象徴する役割ももっている。

2.3.2 美容成分

化粧品において商品の特徴や差別化ポイントとなる成分が「美容成分」である。

特定の成分が特定の効能効果を発揮する医薬部外品とは異なり、化粧品は製品全体によってその効能効果を発揮するものとされている。そして化粧品の効能効果は昭和36年2月8日薬発第44号薬務局長通知の別表第1(平成23年7月21日薬食発0721第1号医薬食品局長通知により改正)で56項目が用意されている。制度上は、その化粧品が果たす効能効果を56項目の中から選んで消費者に提示することに限られているが、たった56項目では多くの化粧品で説明が同一になってしまい、自社の化粧品の良さや特徴を伝えることは難しい。

そこで、その化粧品の特徴をなにか特定の成分とセットでみせることで消費者により強く印象づけたい、もしくは56項目とは違う働きを特定の成分とセットで消費者に伝えたいといったいくつかの目的があって、化粧品においても特定の成分を特色として際立たせる手法が一般的に行われる。このような医薬部外品における有効成分と同様の役割を果たす成分に決まった呼び方はないが「美容成分」という言い方が一般的である。美白、抗炎症、抗酸化、血行促進、抗糖化、抗シワ・・・56項目にあるものないもの含めて消費者の肌悩みに応じたさまざまな美容成分が提案されている。有効成分と違って効能効果や成分について厚労省による審査承認はないので、良い言い方をすれば自由だが、悪い言い方をすれば無秩序である。業界団体によってしっかりとしたガイドラインが策定され運用されている「紫外線防御(SPF、PA)」と「乾燥による小ジワを防ぐ」は例外と言ってよい。

もちろんこのような手法は行き過ぎれば法の趣旨を損ねることになるので「化粧品における特定成分の特記表示について」(昭和60年9月26日薬監第53号厚生省薬務局監視課長通知)や「化粧品等の適正広告ガイドライン」(日本化粧品工業連合会)などの公的規制や業界自主規制を踏まえた広告活動が切に求められる。美容成分は商品の差別化に直結する成分であるため、基剤、品質向上剤・品質保持剤と比べて非常に情報量が多いものの前述のような事情から情報の質は玉石混交である。日本化粧品技術者会や日本香粧品学会、粧工連、厚労省などの学術的、公的で良質な情報に触れる機会が少ない消費者が、自称専門家などによる質の低い情報に振り回される状況は、誰でも容易に情報発信できるインターネットの普及によってさらに深刻さを増している。

2.4 化粧品の成分と医薬部外品の成分

化粧品の成分と医薬部外品の成分の違いについて簡単に触れておく。

医薬部外品のうち「薬用化粧品」「薬用石鹸」「薬用入浴剤」「パーマ剤」「染毛剤」は目的や使用方法が化粧品的であることや、使用する成分に重複するものが多いこともあって、化粧品と一緒に考えることが多い。しかし、医薬部外品の成分は国による許可制であり、医薬部外品原料規格、日本薬局方、食品添加物公定書などの公定書によって厳密に規格化されている。そのため化粧品と医薬部外品とで同じ名前の成分であっても中身が完全に一致するとは限らない。ほとんどの場面で化粧品の成分と医薬部外品の成分の違いを意識することはないが、それでも化粧品製造販売元の責任で自由に決められる化粧品の成分と、国によって厳密な規格が定められている医薬部外品の成分は本質においては似て非なるものである。

本稿のテーマは「化粧品の成分」であるが、とくに有効成分・美容成分の章では医薬部外品の成分についての解説が多く含まれる。法制度の上では化粧品は製品全体で効能効果を発揮するものとされており、特定の成分が特定の効能効果を発揮するものではない。そのため「どの成分がどんな効能効果を持っているのか」は、医薬部外品の有効成分の解説を基本とし、そこにマーケティング手法として化粧品でも同様の概念が用いられている成分についての解説を加えるという形式になる。他の章では特に注釈のない限り、化粧品の成分についての解説である。


  1. 概要
  2. 化粧品成分の分類
  3. 水性成分
  4. 油性成分
  5. 界面活性剤
  6. 着色剤
  7. 体質粉体
  8. 品質向上剤・品質保持剤
  9. 有効成分、美容成分

1 概要 / 化粧品の成分

かつては国が許可した成分だけが化粧品に配合可能である許可制であった。この制度で新たな成分の配合許可を得るには多くの時間と多額の費用がかかることから成分数はそれほど増えることなく3,000程度に留まっていた。2001年4月に化粧品成分の自由化が実施され、化粧品成分は製造販売元の自己責任において原則自由に決めることができるようになった。それ以降、化粧品成分の数は急速に増え続け、実際に使われたかどうかやどの程度使われているか不明ではあるものの、名称の数だけで言えば15,000にまでなっている(2020年現在)。

ただし自由といっても完全に自由ではなく、ある程度の規制は残っている。規制のほとんどは「化粧品基準」(平成12年9月29日厚生省告示第331号)に記載されているが、まとめるとおおむね以下の通りである。

  1. 医薬品の成分は配合禁止(ただし旧化粧品種別許可基準に収載の成分、2001年4月より前に化粧品の配合成分として承認を受けているものおよび薬食審査発第0524001号「化粧品に配合可能な医薬品の成分について」に収載の成分は、医薬品の成分であってもその前例範囲内で配合可能)。
  2. 生物由来原料基準に適合しない原料、化審法の第一種特定化学物質/第二種特定化学物質、化粧品基準別表第1の成分は配合禁止。
  3. 化粧品基準別表第2に収載の成分は記載の配合上限を守る。
  4. 化粧品に使用可能な防腐剤は、化粧品基準別表第3に収載の成分のみ。
  5. 化粧品に使用可能な紫外線吸収剤は、化粧品基準別表第4に収載の成分のみ。
  6. 化粧品に使用可能な有機合成色素は「医薬品等に使用することができるタール色素を定める省令」(昭和41年8月31日厚生省令第30号)の成分のみ(赤色219号及び黄色204号については毛髪及び爪のみ)。

化粧品基準別表第1および第2は制限成分の一覧で一般にネガティブリストと呼ばれ、別表第3、第4およびタール色素は許可成分の一覧なのでポジティブリストと呼ばれている。

これ以外にもいくつかの規制があるので完全自由化ということではないが、海外もおおむね日本同様にネガティブリストとポジティブリストの併用による規制になっている。また、国によって具体的な規制内容は異なっているため、輸出入の際には使用している成分やその配合量がその国の規制に準じているかどうかの確認が必要になる。

1.1 自由なので公定規格は存在しない

何を化粧品の成分として使うかは化粧品製造販売元の自己責任において自由に決めることができるようになったということは、別の言い方をすると「どれが化粧品の成分なのか決まっていない」「化粧品の成分が何個あるのか誰にもわからない」ということである。それまで国の責任と管理の下で決まっていた化粧品成分が、製造販売元の自己責任と自己管理に変わったのだから当然ではあるが、2001年4月より前から化粧品技術や薬事の仕事をしている人や、医薬品業界から化粧品に移った人の中にはいまだに慣れなく戸惑う人も多い。

化粧品成分が国による許可制だった時代は、化粧品成分を定義する「化粧品原料基準(粧原基)」や「化粧品種別配合成分規格(粧配規)」といった厳密な公定規格が存在していた。たとえば「オリブ油」については『オリーブの果実を圧搾して得た油で、酸価が1以下、けん化価が186〜194、ヨウ素価が79〜88、不けん化物が1.5%以下、・・・・・・云々の成分を「オリブ油」とする。』のような厳密な規格が国によって定められていた。そのため、たとえオリーブの果実から得た油でも抽出法で得た油はオリブ油ではなかったし、オリーブの果実から圧搾して得た油でも不けん化物を1.6%含んでいる油はオリブ油ではなかった。国が定めた化粧品成分「オリブ油」の規格から外れるからである。

化粧品成分の自由化とは国が化粧品成分を管理しないということであるから、国が化粧品成分を管理するための規格は不要となった。そのため粧原基、粧配規といった化粧品成分の公定規格は平成13年3月31日で廃止となっている。現在の法律では、酸価1.2以下までをオリーブ果実油とするも、酸価0.9以下をオリーブ果実油とするも、抽出法で得た油をオリーブ果実油とするも、不けん化物が何%であってもオリーブ果実油とするも、すべて化粧品製造販売元の自己責任において自由である。オリーブの果実から得た油なら、あとはどんな分析をしてどんな結果になるものをオリーブ果実油とするかといった細かい規格は、それぞれの化粧品製造販売元が法律の範囲内で自己責任のもと自ら考えて決めるのである。

1.2 自由なので化粧品成分の一覧表は存在しない

化粧品成分が国による許可制だった時代は、国が化粧品成分として許可した成分とその使い方をまとめた「種別許可基準」が存在しており、これがおおむね化粧品成分の一覧表とみなすことができた。しかし、化粧品成分の自由化に伴い何を化粧品成分とするかは個々の化粧品製造販売元が自己責任のもとで自由に決めることになったため種別許可基準は廃止になった。そのため現在は化粧品成分の一覧表に該当するものは存在せず、化粧品成分の数は理屈の上では無数に存在し誰も把握できない。

化粧品の業界団体(日本化粧品工業連合会 : 粧工連)が作成している「化粧品の成分表示名称リスト」が、化粧品成分の一覧表であると考えている人もいるがこれは間違いである。粧工連は「この成分に名前を付けてほしい」という申請に対して「名前を付けているだけ」である。安全性、配合の可否についていっさい考慮せず申請があった成分に名前をつけて収載するので化粧品の成分表示名称リストには化粧品に配合禁止の成分がいくつも収載されているし、使う予定はないがとりあえず名前だけでも決めておこうという程度で申請されて収載されている成分もある。化粧品の成分表示名称リストへの収載と化粧品への配合可否が無関係だということは、別の見方をすると化粧品の成分表示名称リストに名前が載っていない成分でも法律に違反してない成分であれば化粧品に配合することは何ら問題ないことでもある。このように化粧品成分表示名称リストには配合禁止成分が掲載されていたり、化粧品に配合されていても掲載されてない成分があるため、このリストで化粧品の成分を正確に把握することはできないし、そもそもそのような目的のリストでもない。

粧工連は化粧品の成分表示名称リストの冒頭に『収載された成分の安全性、配合の可否等については一切関与致しません。』と記載しており、また2019年には加盟企業に対して『「化粧品の成分表示名称リスト」と企業責任について』という文書を発出し、本リストが化粧品成分の許可リストであることを強く否定している。しかしいまだに「表示名称が作成され化粧品原料として公式に認められました」や「表示名称が作成されてないので化粧品に使えない」などといった誤解がくすぶっている。粧工連の命名委員会で汗をかいている委員の方々には申し訳ない言い方になるが、化粧品の成分表示名称リストにはそこまでの権威や権限のようなものはないし、そのような目的で作られているリストでもない。


  1. 概要
  2. 化粧品成分の分類
  3. 水性成分
  4. 油性成分
  5. 界面活性剤
  6. 着色剤
  7. 体質粉体
  8. 品質向上剤・品質保持剤
  9. 有効成分、美容成分

急性毒性がどうしたって?

ときどき学生が「この化粧品には(経口)急性毒性が高い成分が配合されているから良くないんですよね」とか言ってきたりレポートにそんな感じのこと書いてくることがあってね。意味不明すぎて返事に困るというか、どこから説明したらいいんだろうって頭抱えちゃうんだわ。だって、よく考えてよ。『経口』の『急性』の毒性で、なんで肌への安全性がわかるの? ぜんぜん関係なくね?

1.経口だよ?急性だよ?

『経口』の『急性』の毒性で肌への刺激性がわかるなんて、よく考えなくたって変な話だと思うでしょ。ところが『毒性』っていう文字のインパクトが強すぎて、あっさりと意味不明なヨタ話を信じてる学生の多いこと多いこと。まあそれ以前に、肌への刺激って言っても嗜好性に依存する刺激や皮膚一次刺激や感作性とかいろいろあるのに「刺激」の一言でふんわりまとめちゃってる時点でこれも話にならないんだけどね。

さて、肌に塗っていいのか悪いのかを経口急性毒性で議論することがどれだけ意味不明なことなのかをいくつかの事例からみてみよう。

その前に、確認。経口急性毒性とは「一気にどれだけ食ったら危ないか」という値。さらには経口急性毒性の中でも単回経口投与による半数致死量、つまり「一気にどれだけ食ったら半数以上が死ぬか」という値を指している場合が多い。経口と吸入と経皮を区別してないとか、単回と慢性が混ざってるとか、半数致死量と健康影響量が混ざってるとか、そういう混在データを使って話してる例もあるが、そんなのはこの先の話を読むまでもない。論理的思考力のカケラもない人によるヨタ話どころか単なる妄想話。

さて用語の意味を説明されたら気づく人も多いだろう。そうです。どんだけ一気喰いしたら死ぬのかって話が、どうして皮膚刺激と関係するんだ?関係あると考える方がおかしいでしょ。

2.一気喰いと塗布って何の関係あるの?

たとえば下記のようなデータを示して、経口急性毒性と皮膚刺激性の関係をまことしやかに論じたブログがある。

メチルパラベン:8000mg/kg
エタノール:7000mg/kg
イソプロピルメチルフェノール:6280mg/kg
トリクロサン:3700mg/kg
エチルパラベン:3000mg/kg
フェノキシエタノール:2900mg/kg
サリチル酸:1100mg/kg

トリクロサンは急性毒性が高いから、皮膚刺激も高いので良くないとかなんとかかんとか・・・・・・・・・。はぁ?

3.急性毒性が高くても皮膚刺激性が高いとは限らない

じゃあなにか?経口急性毒性が1900mg/kgの「食塩」は皮膚に塗ったらすげー危険なのか?

公益財団法人日本中毒情報センターの情報も適時更新されているけど最近だと食塩の急性毒性は750〜3000mg/kgというデータになってる。間を取って1900mg/kgとすると、ヨタ話に当てはめたらサリチル酸並みに皮膚刺激が強いということになる。食塩って肌に塗ったら良くないの?入浴剤とかバスソルトとかすごい量の食塩が入ってるけどあれ危険なの?塩アメなめたらくちびるが荒れるの?ポカリスエット飲んだら口の中がただれちゃうの?海水浴すると皮膚炎で死ぬの?んなわけないじゃん。

だいたいさ、「急性」だよ「急性」。一気喰いしたらどうなるの?って話だよ。食塩は一気喰いだと少量で死んでしまうほど危険だけど、でも適度に摂取しないとそれはそれで死ぬでしょ。同じ食べるという行為でみたって急性毒性が高いかどうかと食べていいかどうかは無関係なのに、それが塗っていいかどうかになんてどう考えたって関係ないでしょう。

4.急性毒性が低くても皮膚刺激性が低いとは限らない

くだんのブログじゃメチルパラベンは急性毒性が低いから皮膚刺激も少ない安心な防腐剤とかなんとかかんとか・・・・・・・へぇー、じゃあなにか?トロロって一気喰いしてもそうそう死ぬことはないから経口急性毒性はかなーり低いよな。つまりヤマイモ(トロロ)は皮膚に塗っても安心なのか?へー、おれは痒くなるからやだなあ。メチパラが安心な防腐剤だってのに異論はないけどその理由が急性毒性が低いからでは、あまりにトンチンカンで泣けてくる。

このように「急性毒性が高い=塗ったら危ない」説や「急性毒性が低い=塗っても大丈夫」説を否定する事例はいくらでもある。なぜなら「どんだけ一気喰いしたら死ぬか」ということと「ちまちま皮膚に塗ってもいいか」ということは本質的に無関係なのだから、そもそも両者になにか関係があると思うほうがどうかしてる。

5.急性毒性は誤飲誤食時の安全対応に必要な参考値

ここまで言えばたいていの人は急性毒性で塗布安全性を語ることがいかに無意味なことなのかわかってもらえるんだけど、それでも「化粧品原料の安全データシートに急性毒性値が掲載されてるんだから安全性の指標なんでしょ?」とか駄々こねる学生もいる。おまえ、SDSにそんなこと書いてあるってすげえ知識があるのに、どうしてこれがわかんないんだ?

経口急性毒性は、一気喰いしたときの健康被害を推定する値だということは何度も言った通り。つまり、そういうこと。誤飲しても死ぬことはないのか、希釈や洗浄が必要なのかなど「誤飲時の対応を考えるための指標」。そういう用途の安全性情報。ちまちま塗ってもいいかどうかを考えるための指標じゃない。

6.信じちゃうのはなぜ?

この手のヨタ話のミソは、最初に急性毒性値一覧表という「事実」を見せるところ。知識が少ない人は、最初に事実に基づいた話から始められると途中から根拠薄弱なヨタ話に切り替わっても気づくことができない。だって知識がないんだからしょうがない。

本来ならメチルパラベン、エチルパラベン、エタノール、フェノキシエタノールなど各種化合物を皮膚刺激の強い順に並べて、その順番と急性毒性の高低とをまずは比較して、そこに関係があるかどうかを論じないといけない。ところがここを意図的にすっ飛ばして、皮膚刺激性と急性毒性が一致しているという結論ありきで表を突然出してくる。論ずべき事項を論ずるまでもない事実であるかのように誤認させているのがミソ。

話の冒頭から「急性毒性と皮膚刺激がこのように関係しているんです」って根拠もない断言をすると違和感を覚える人が多いけど、最初に急性毒性値という論ずるまでもない事実を並べると、知識がなかったり論証慣れしてない人はその後に提示される情報もすべて論ずるまでもない事実であると思ってしまう。

どっかの誰かが「小さなウソならばれるが、大きなウソならばれない」って言ってたよ。食塩やトロロみたいにわかりやすい反例があるにも関わらず「愚民どもよく聞け、急性毒性が高い成分は危険な化粧品成分だ!」って断言しちゃえば信じちゃう人は信じちゃうんだよな。

これは、足し算と掛け算の答えが同じになる事実を並べて「愚民どもよく聞け、足し算すれば掛け算の答えは出せるのだ!」ってヨタ話と同レベル。

2+2=4ですね。2×2=4ですね。
足し算も掛け算も答えは同じ。
1+2+3=6ですね。1×2×3=6ですね。
足し算も掛け算も答えは同じ。
1+1+1+2+5=10ですね。1×1×1×2×5=10ですね。
やっぱり足し算も掛け算も答えは同じです。
実はあまり知られてませんが、掛け算は足し算でできちゃうんです。
だから3×3=6なんですよ。

最初に事実を出して途中から根拠のないヨタ話に切り替わってる。足し算と掛け算の知識がある人は最後の2行が事実ではないことにすぐ気づく。しかし掛け算の知識が少ない小学2年生だとコロッと信じちゃう可能性大。

単回経口急性毒性(半数致死量)という皮膚塗布時の安全性と無関係な情報を使って自分の商売に都合のいい方向へ消費者を誘導する手法はかつて流行った危険物商法のテンプレート。でもこの急性毒性ネタは20年ほど前に絶頂期を迎え、その後は一定の割合で信じてしまう人を生み出しつつも、合成界面活性剤、合成ポリマー、発がんリスク、シリコーン、カチオンなど次々と現れる類似の新ネタを前に徐々に新鮮味を失って近年はあまりお目にかかることもなくなった。

7.学生よ、論理的思考を強化してくれ

ところが最近またぞろこの成分は急性毒性が高いから危ない成分だとかなんとかかんとかうんぬんかんぬん・・・とかいうヨタ話が復権してきたみたい。理系の大学生ですらコロッと信じちゃってるんだから根の深い問題だわ。ファッション業界も一周回ってまたコレか?!みたいなのがあるみたいだし。化粧品の危険商法ネタも一周回ってまたって繰り返すのか。