INCIと表示名称の不思議な関係

 化粧品の成分表示に使用する成分名称は、米国では PCPC が作成している INCI (International Nomenclature of Cosmetic Ingredients) を使っている。日本では粧工連が作成している化粧品の成分表示名称を使っている。PCPC が作成した INCI に対して粧工連が化粧品の成分表示名称を作成するという流れなので両者は1:1で対応するはずなのだが、いろいろ事情があって理想通りにはなってない。

 ”TALLOW” という INCI がある。”TALLOW” に対して粧工連は「牛脂」という表示名称を割り当てている。ICID(INCI辞書)で “TALLOW” を引くとJapanese Translationの欄に「牛脂」と書いてあり、表示名称事典で「牛脂」を引くとINCIの欄に “TALLOW” と書いてある。「TALLOW=牛脂」化粧品技術者ならごく当たり前のように知っている関係。一見、PCPCと粧工連の見解に相違はないようにみえる。ところが “TALLOW” の定義には “Tallow is the fat derived from the fatty tissue of sheep or cattle.” と書いてある。

シ、シープぅ?!

 ”TALLOW” って羊の脂肪でもいいの? で、でも表示名称は「牛脂」だよ。念のために「牛脂」の定義をみても「本品は、ウシ Bos taurus の脂肪組織から得られる脂肪である。」と書いてある。牛限定!!しかし “TALLOW” は羊の脂肪でもOKなのだ。

 知人から「久光くん、TALLOWと牛脂の定義がズレてるの知ってた?」と聞いたときは「まさかぁ」と思ったけど確かにズレてる。いつズレたんだろう。古いICIDを調べるために2004年版のICIDが所蔵されている横浜市立中央図書館に行ってきた。↓2004年版ICIDの該当箇所をコピー

 へえ、2004年版(第10版)の時点ですでに羊を含んでいたんだ・・・けっこう以前からズレてんのな、知らなかった。それに2004年版の時点ではTALLOWは牛脂のほかにトリ牛脂脂肪酸グリセリルでもOKだったんだ。トリ牛脂脂肪酸グリセリルって・・・・ん?牛脂を加水分解で牛脂脂肪酸とグリセリンに分解して、その牛脂脂肪酸と別のグリセリンから再度、牛脂を合成しなおしたものってことか? んー、ま、どうでもいいや。それより今は2004年版ICIDでもTALLOWは羊OKってことが問題だ。ってことは狂牛病の頃かな。あれで牛が使いづらくなったから急きょ羊も定義に追加したとか。狂牛病で化粧品業界がバタバタしたのは2001年末だったかな。ああっ、なんかスゲー忙しかった記憶が。しかしあの頃を境になんていうか原料問題がよく起きるようになったような気がする。あの原料が使用禁止とか、この原料の製造ラインが止まったとか、その原料が販売終了とか、原料メーカーが倒産したとか・・・・・おっと話がそれた。ICIDは2年おきに出版されているので狂牛病問題より古いとなると2000年版(第8版)ということになる。そんな古いICIDはどこの図書館にあるかなあとネットで検索・・・・・国立国会図書館か・・・・ということで資料複写請求した。↓2000年版ICIDの該当箇所のコピー

 えぇーっ?! 2000年版(第8版)にもsheepが入ってるぅっ! なに、なに、どういうこと? 表示名称制度開始当初からTALLOWにはsheepが入ってたのか。じゃあなんで “TALLOW” に「牛脂」なんて表示名称をつけたんだ? これじゃ羊の脂肪を使って “TALLOW” と書いてある化粧品や原料を輸入するときに「牛脂」と訳してしまったら厳密には定義に合致しないことになるんでないの? えぇーっ!? いいの? それでいいの? さるお方にことの経緯をお尋ねしたところ、はるか昔から日本ではみんなTallow=牛脂と思い込んでいた。2001年の全成分表示制度開始直前に気づいたけど、現実問題として羊を使っているTALLOWはほとんど存在しない(だからみんなTALLOW=牛脂だと思い込んでいた)から、TALLOW=牛脂でいいよってことになったらしい。

 でもな、気がついちゃうと気になってしょうがない。気持ち悪いよぉ。気持ち悪いけど今さら「牛脂」を「獣脂」とかに改名されてもよけい気持ち悪い。

 でな、今後作成されている表示名称では”TALLOW”を「タロウ」と音訳することになったらしいよ。すでに「タロウアミドMEA」「タロウトリモニウムクロリド」「水添タロウアミドDEA」「水添タロウエス-60ミリスチルグリコール」「水添タロウグルタミン酸2Na」などの表示名称が登録されている。タロウ、タロウ、タロウ・・・・ウルトラマ・・・・いや、なんでもない。

Password Assistant日本語化

 MacOSに内蔵されているパスワードアシスタント機能を呼び出すだけという単純かつ便利な「Password Assistant」というソフトを紹介した。これ言語モードが英語の状態で起動されるのでアシスタント画面が英語になっている。

 画像をクリックすると拡大表示で見れます。左が英語モード、右が日本語モード。まあ対した機能があるわけじゃないから英語でもまったく問題ないんだけど、日本語モードで起動したいなあと思ったのでちょっといじった。腕に自信がある人は本家サイトでソースコードが配布されているからそれをいじって日本語版をビルドしてもいいんだろうけど、日本語モードにすることくらいならそんな面倒なことしなくてもできる。

 まず「Password Assistant」を右クリックして「パケージの内容を表示」を選択する。これでソフトの中味を見ることができる。[Contents]フォルダを開いて[Resources]フォルダを開くと、そこに[English.lproj]というフォルダがある。このフォルダを右クリックして[複製]する。で、複製したフォルダの名前を[Japanese.lproj]に変更する。あとはフォルダを閉じてMacを再起動すればOK。lprojフォルダはソフトのメニューやボタンなどの画面表示に関する部分を各言語ごとに用意する機能で、Password Assistantの場合ここに英語モード用の設定フォルダしかないので英語モードで起動している。ここでJapanese.lprojという日本語モード用の設定フォルダを作ればOSがJapaneseモードになのでこのソフトもJapanese.lprojを優先使用してくれる。本来ならJapanese.lprojフォルダの中にある各種設定ファイル類を日本語表示に書き換えないと意味ないのだけど、なにしろPassword AssistantはOS内蔵のパスワードアシスタント機能を呼び出すだけというソフトなので、ソフトそのものにはウインドウやボタンなどが存在しないので内部を日本語用に書き換える手間もいらない。Japanese.lprojフォルダを利用して日本語モードで起動しているという状態にさえ作ればOSに内蔵されているパスワードアシスタントも日本語モードで起動してくれるというわけ。

高分子ポリマー

 原発から漏れ続けている水を止めるために穴に『高分子ポリマー』を注入するって・・・・・高分子ポリマー・・・・・高分子ポリマー・・・・・ちょっと待て、低分子化合物が多数連結した高分子化合物をポリマーって言うんだよ。ポリマーはもともと高分子なんだよ(集合記号で書くと[高分子⊃ポリマー])。

 「高分子ポリマー」という表現で「高分子」は修飾語だ。係り受けをわかりやすく表現すると「高分子なポリマー」だ。でも「低分子なポリマー」なんてのはそもそも存在しない(好意的に考えてもオリゴマーだ)。ポリマーはもとより高分子なんだから「高分子ポリマー」ってのは無駄に修飾語がついているだけで何の説明にもなってない。つまり「高分子」っていう修飾語を付けたところで「ポリマー」からいっこうに詳しくはなってない。

 まがりなりにも大学で高分子合成を専門にしてたからこの状況で使う高分子っていえば何なのかくらいある程度は想像できるけど一般には「大量の水を吸収してゼリー状に膨らむ高分子化合物」とか「おむつなどにも使われている超高吸水性ポリマー」とか言わないととダメなんじゃないのか。「高分子ポリマー」と言っても♪川沿いリバーサイド〜(by 井上陽水)状態。何食べたい?って聞かれて「和風な和食」って答えてるようなもん。「一番最後」「悪い悪党」「高層タワーマンション」「ウマい吉牛」。え?吉牛=ウマいから。まあこのクソ忙しい時に、と思わないわけではないけど、でも高分子ポリマーって言ってもね、何の説明になってないと思うぞ。>偉い人&NHK

[追加]

 NHKニュースでキャスターが「高分子ポリマーとは何なのか。こちらに同じモノを用意しました」と言って画面には『高分子ポリマーとは』という字幕。キャスターが高吸水性高分子が入ったビーカーに水を入れると高分子が即座に水を吸収してゼリー状に膨れ上がりビーカーを逆さまにしても落ちてこないようになった。しかし「高分子」「ポリマー」ってそれだけじゃなくてストッキングのナイロン-66もソフトコンタクトのポリHEMAもペットボトルのポリエチレンテレフタレートもビニール袋のポリエチレンも食物繊維のセルロースもガンプラのポリスチレンもキャンディiMacのポリカーボネートもみーんなみーんな高分子だしポリマーだ。高吸水性高分子だけが高分子ポリマーなわけじゃない。これは『和食とは』と言って『お蕎麦』を詳細に説明されている感じと言ったらわかってもらえるだろうか。そりゃ蕎麦も和食だとは思うけど・・・・っていう驚異的な違和感。