4 油性成分 / 化粧品の成分

本稿では、化粧品設計の基本となる成分のうち、水に溶解しない成分を油性成分と分類している。化粧品において油性成分は、皮膚や毛髪の保護、つや、化粧品の形状維持、粉体の分散制御などさまざまな目的で用いられる。

化粧品で使用される油性成分はその分子構造によって「炭化水素」「高級脂肪酸」「高級アルコール」「ロウ・ワックス」「油脂」「エステル油」「シリコーン」の7つに分類されている(これ以外に「フッ素系」など特殊なものがいくつかあるが種類も使用例も少ない)。それぞれが分子構造に起因する特徴を有しており、化粧品の設計では目的に応じて使い分けや組み合わせが行われる。

油性成分の分類例

4.1 炭化水素

炭素原子と水素原子のみで構成される分子構造の油性成分が「炭化水素」である。

極性を持たないため他の油と比較して水分子との相互作用が極めて低く、皮膚からの水分蒸散抑制作用に優れる。また、乳化しやすいといった特徴がある。化粧品では炭化水素の中でも酸化安定性に優れた飽和炭化水素が用いられることがほとんどである。

主な成分としてはミネラルオイル、ワセリン、マイクロクリスタリンワックスといった石油精製物や、サメ肝油やオリーブ果実油から得られるスクワレンを水素添加して飽和化したスクワラン、イソブテンの重合体のポリイソブテンなどがある。

スクワラン

分子量や分子構造によって固体、半固体(ペースト)、液体、気体などさまざまな状態の成分がある。固体の炭化水素はロウ・ワックスと同様に化粧品の硬さ調整や固形化粧品の基材などとして、ペーストや液体の炭化水素は肌からの水分蒸散抑制や化粧品の感触調整などとして、気体の炭化水素は圧縮して液体にしてエアゾールの噴射剤としてなど状態の特性に応じてさまざまな用途で広く使われている油性成分である。

マイクロクリスタリンワックス、合成ワックスは、名称にワックスの文字を含んでいることや、常温で固体で加熱すると溶解するいわゆるワックスと類似の性質であること、実際にワックスと同様の使い方をすることが多いことから間違えやすいが、分子構造は炭素原子と水素原子だけでできているので「炭化水素」に分類される油性成分である。

ミネラルオイル、ワセリンなどの石油精製物は極めて安全性の高い成分でありほとんどの人に軽微な問題すら起こさない。その特徴を活かして塗り薬の基剤やパッチテストの溶媒など極めて高い安全性が求められる場面で使用されている。しかし、消費者の中には石油精製物は安全ではないという印象をもつ人がいる。特に天然や自然という文字に信頼感や安心感を抱く消費者にその傾向があるのは不思議な現象である。石油は人間の手では作り出すことができない天然地下資源、まさに大地の恵みである。大地深くから湧き出す天然水には安心感をもつのに、大地深くから湧き出す天然油(石油)には拒否感をもつのだからわかりにくい。化粧品は理屈だけでは説明できない典型例である。

4.2 高級脂肪酸

高級脂肪酸(炭化水素構造の末端にカルボキシ基)

炭素数がおおむね12以上の炭化水素構造の末端にカルボキシ基(-COOH)が1つある分子構造の油性成分が「高級脂肪酸」である。

主な成分としてラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸といった化学名と同じ表示名称がある。

ラウリン酸
ミリスチン酸
ステアリン酸

さらに、ヤシ油をアルカリ加水分解して得られる高級脂肪酸の混合物「ヤシ脂肪酸」、パーム核油をアルカリ加水分解して得られる高級脂肪酸の混合物「パーム核脂肪酸」、同じく大豆油をアルカリ加水分解して得られる「ダイズ油脂肪酸」といった油脂の名前を冠した表示名称もある。油脂を分解して得られる高級脂肪酸は多くの種類が混在していてはっきりしないため、もととなった油脂の名前を使った総称が表示名称として用意されている。

油脂を分解して製造する高級脂肪酸の混合物は、含まれている脂肪酸の種類や比率を正確には特定できないため元となった油脂の名前を冠した名称で総称する

高級脂肪酸は、水酸化Naや水酸化Kなどのアルカリで中和すると高級脂肪酸金属塩、いわゆる石ケンを生ずるのが特徴である。

高級脂肪酸を単独で化粧品に配合することはあまりなく、上述のように強アルカリで中和して石ケンを製造する原料としてや、粉体表面に結合させて粉体を疎水化する表面処理剤として使用されることが多い。

ほとんどの高級脂肪酸は常温で固体だが、オレイン酸のような不飽和脂肪酸やイソステアリン酸のような分岐脂肪酸の中には常温で液体のものも存在する。

4.3 高級アルコール

高級アルコール(炭化水素の末端に水酸基)

炭素数がおおむね12以上の炭化水素構造の末端に水酸基(-OH)が1つある分子構造の油性成分が「高級アルコール」である。

主な成分としてベヘニルアルコール、セテアリルアルコール、ステアリルアルコール、イソステアリルアルコール、コレステロール、ホホバアルコールがある。

ベヘニルアルコール
ステアリルアルコール
コレステロール

炭素数が多いので油溶性だが末端の水酸基が親水性をもつためごくわずかな両親媒性も有している。このわずかな両親媒性によって高級アルコールはO/W乳化物において非イオン界面活性剤とともに油滴の外部にαゲルとよばれるラメラ液晶構造を形成し乳化物を安定化させることが知られている。外相でのラメラ構造形成とそれによる系の粘度上昇による乳化安定化は乳化物設計に重要で古典的クリーム処方では必ずと言っていいほど高級アルコールが使われる。

また特定のカチオン界面活性剤と高級アルコールの組み合わせでも同様に安定なゲルを形成することが知られており、ヘアコンディショナーの設計では使いやすく安定した硬さをだすために油性成分の大部分を高級アルコールが占める設計が多い。

コレステロールはリポソーム形成において脂質二重膜の安定性向上にも使われている。

ほとんどの高級アルコールは常温で固体だが、種類は少ないもののオレイルアルコールのような不飽和アルコールやイソステアリルアルコールのような分岐アルコールには常温で液体のものも存在する。

4.4 ロウ・ワックス

ロウ・ワックスの分子構造(高級脂肪酸と高級アルコールがエステル結合した構造の化合物が主成分である天然油)

動植物から得られる天然油のうち、高級脂肪酸と高級アルコールのモノエステルが主成分となっている油性成分が「ロウ・ワックス」である。ロウと呼ぶこともワックスと呼ぶこともある。

主な成分としてキャンデリラロウ、カルナウバロウ、ミツロウ、ホホバ種子油、ラノリンがある。

多くは常温において固体で加熱すると溶解する性質を利用して、口紅などスティック状化粧品の基剤として汎用されている。例外的に液状のロウとしてホホバ種子油が、ペースト状のロウとしてラノリンが知られている。ロウ・ワックスはアクネ菌による資化性が低い分子構造であるため、これら非固体ロウは油脂に代わって抗ニキビ化粧品においてニキビを誘発しにくい油性成分として使われることもある。

4.5 油脂

油脂(高級脂肪酸3分子とグリセリン1分子がエステル結合した構造の化合物が主成分である天然油)

動植物から得られる天然油のうち、高級脂肪酸とグリセリンのトリエステルが主成分となっている油性成分が「油脂」である。

主な成分としてマカデミア種子油、オリーブ果実油、アルガニアスピノサ核油、ヒマシ油、シア脂などがある。動植物の名が表示名称にそのまま出てくるので消費者にわかりやすい安心感を与えることもできる。

ヒトの皮脂の半分近くはトリグリセリド(油脂)であるため、油脂はヒトの肌と親和性が高い油とされ、また皮膚柔軟作用(エモリエント効果)のような皮脂と同等の働きをするとも考えられており、肌なじみがよくスキンケア効果の高い油性成分として多くの化粧品に使われる。

脂質平均値(重量%)範囲(重量%)
トリグリセリド41.019.5〜49.4
ジグリセリド2.22.3〜4.3
遊離脂肪酸16.47.9〜39.0
スクワレン12.010.1〜13.9
ワックスエステル25.022.6〜29.5
コレステロール1.41.2〜2.3
コレステロールエステル2.11.5〜2.6
皮脂(皮表脂質)の組成
[D.T.Downing, J.S.Strauss, P.E.Pochi, J.Invest.Dermatol. 53, 322(1969)]

動植物の名が表示名称にそのまま出てくるので消費者にわかりやすい安心感を与えることができるのも油脂の特徴である。

4.6 エステル油

エステル化反応を利用して合成した油性成分の総称が「エステル油」である。単に「エステル」と呼ぶこともある。

安定性、感触、融点、価格など油性成分に対するさまざまな要望に応えるために数多くのエステル油が合成され実用化されている。ロウ・ワックスと同じ分子構造を持った高級脂肪酸と高級アルコールのモノエステル(合成ロウ)、油脂と同じ分子構造を持った高級脂肪酸とグリセリンのトリエステル(合成油脂)、それ以外の分子構造のエステル油の3つに細分化される。

ロウ・ワックスおよび油脂は天然油であるがゆえに分子内の脂肪酸組成が動植物の産地や季節によってブレたり、遊離脂肪酸の残存、その他不純物の残留など品質に不安定要素が多い。また、豊不作によって原料価格が急に上下するといった価格にも不安定要素がある。合成することで品質的にも価格的にも安定した油性成分を入手できるのがエステル油(特に合成ロウや合成油脂)の大きな利点である。また、合成によって天然油にはない特性や高い機能性をもった油性成分をデザインできるのもエステル油の特徴である。

一方でエステル油の表示名称はいかにも化学物質然としているので消費者への訴求力がない。そのため消費者にわかりやすく安心感のある油脂やロウなどの天然油を配合しつつ、製品の品質や価格安定性をエステル油で担保する組み合わせ設計がよく行われる。

エステル油の中で合成ロウに該当する成分として有名なのは、2-エチルヘキサン酸とセチルアルコールのモノエステル「エチルヘキサン酸セチル」である。液状なのでホホバ種子油と同様の目的で使われることが多い。

エチルヘキサン酸セチル
(エチルヘキサン酸とセチルアルコールのモノエステル)

エステル油の中で合成油脂に該当する成分として有名なのは2-エチルヘキサン酸とグリセリンのトリエステル「トリエチルヘキサノイン」。トリエチルヘキサノインは油脂と同様の目的でスキンケア製品で多用される。

トリエチルヘキサノイン
(エチルヘキサン酸とグリセリンのトリエステル)

その他の構造を持った油性成分として有名なのは2-エチルヘキサン酸とペンタエリスリトールのテトラエステルである「テトラエチルヘキサン酸ペンタエリスリチル」。この成分は顔料分散性に優れるため、ヒマシ油に代わってメイクアップ製品で多用される。

テトラエチルヘキサン酸ペンタエリスリチル

4.7 シリコーン

ケイ素と酸素の繰り返し構造がシリコーンの基本

前述までの6種類の油性成分はどれも炭化水素構造を主とした成分であるが、シリコーンはこれらと全く異なるケイ素原子と酸素原子の繰り返し構造を主鎖とする非水溶性化合物である。水に対する溶解性がない一方で、炭化水素骨格を主とする他の油性成分との相溶性もあまり高くないものが多いため、シリコーンを油性成分に含めず別枠に分類することもある。あまり細かく分類しだすとキリがないので、本稿では水に溶けないという観点で油性成分にまとめている。

高い安定性と撥水性および他の油性成分とは一線を画す高い滑り性を基本特徴としている。揮発性を有する低分子環状シリコーン、液状の低分子直鎖シリコーン、ペースト状の高分子シリコーン、固形のシリコーン樹脂までさまざまな状態のシリコーンが合成されており、必要に応じて使われている。

ジメチコン
(ケイ素と酸素の繰り返しの長さはさまざま)
シクロペンタシロキサン
(ケイ素と酸素の繰り返しが5回で一周)

また、側鎖にアルキル基やフェニル基、アミノ基などを導入することで乳化特性、皮膜特性、毛髪付着性などさまざまな特徴をもたせたシリコーンも開発されている。

主なシリコーンとして、揮発性を有する低分子環状シリコーンの「シクロペンタシロキサン」、側鎖メチル基の「ジメチコン」、側鎖アミノ基で毛髪付着性を高めた「アモジメチコン」「アミノプロピルジメチコン」などがある。