急性毒性がどうしたって?

ときどき学生が「この化粧品には(経口)急性毒性が高い成分が配合されているから良くないんですよね」とか言ってきたりレポートにそんな感じのこと書いてくることがあってね。意味不明すぎて返事に困るというか、どこから説明したらいいんだろうって頭抱えちゃうんだわ。だって、よく考えてよ。『経口』の『急性』の毒性で、なんで肌への安全性がわかるの? ぜんぜん関係なくね?

1.経口だよ?急性だよ?

『経口』の『急性』の毒性で肌への刺激性がわかるなんて、よく考えなくたって変な話だと思うでしょ。ところが『毒性』っていう文字のインパクトが強すぎて、あっさりと意味不明なヨタ話を信じてる学生の多いこと多いこと。まあそれ以前に、肌への刺激って言っても嗜好性に依存する刺激や皮膚一次刺激や感作性とかいろいろあるのに「刺激」の一言でふんわりまとめちゃってる時点でこれも話にならないんだけどね。

さて、肌に塗っていいのか悪いのかを経口急性毒性で議論することがどれだけ意味不明なことなのかをいくつかの事例からみてみよう。

その前に、確認。経口急性毒性とは「一気にどれだけ食ったら危ないか」という値。さらには経口急性毒性の中でも単回経口投与による半数致死量、つまり「一気にどれだけ食ったら半数以上が死ぬか」という値を指している場合が多い。経口と吸入と経皮を区別してないとか、単回と慢性が混ざってるとか、半数致死量と健康影響量が混ざってるとか、そういう混在データを使って話してる例もあるが、そんなのはこの先の話を読むまでもない。論理的思考力のカケラもない人によるヨタ話どころか単なる妄想話。

さて用語の意味を説明されたら気づく人も多いだろう。そうです。どんだけ一気喰いしたら死ぬのかって話が、どうして皮膚刺激と関係するんだ?関係あると考える方がおかしいでしょ。

2.一気喰いと塗布って何の関係あるの?

たとえば下記のようなデータを示して、経口急性毒性と皮膚刺激性の関係をまことしやかに論じたブログがある。

メチルパラベン:8000mg/kg
エタノール:7000mg/kg
イソプロピルメチルフェノール:6280mg/kg
トリクロサン:3700mg/kg
エチルパラベン:3000mg/kg
フェノキシエタノール:2900mg/kg
サリチル酸:1100mg/kg

トリクロサンは急性毒性が高いから、皮膚刺激も高いので良くないとかなんとかかんとか・・・・・・・・・。はぁ?

3.急性毒性が高くても皮膚刺激性が高いとは限らない

じゃあなにか?経口急性毒性が1900mg/kgの「食塩」は皮膚に塗ったらすげー危険なのか?

公益財団法人日本中毒情報センターの情報も適時更新されているけど最近だと食塩の急性毒性は750〜3000mg/kgというデータになってる。間を取って1900mg/kgとすると、ヨタ話に当てはめたらサリチル酸並みに皮膚刺激が強いということになる。食塩って肌に塗ったら良くないの?入浴剤とかバスソルトとかすごい量の食塩が入ってるけどあれ危険なの?塩アメなめたらくちびるが荒れるの?ポカリスエット飲んだら口の中がただれちゃうの?海水浴すると皮膚炎で死ぬの?んなわけないじゃん。

だいたいさ、「急性」だよ「急性」。一気喰いしたらどうなるの?って話だよ。食塩は一気喰いだと少量で死んでしまうほど危険だけど、でも適度に摂取しないとそれはそれで死ぬでしょ。同じ食べるという行為でみたって急性毒性が高いかどうかと食べていいかどうかは無関係なのに、それが塗っていいかどうかになんてどう考えたって関係ないでしょう。

4.急性毒性が低くても皮膚刺激性が低いとは限らない

くだんのブログじゃメチルパラベンは急性毒性が低いから皮膚刺激も少ない安心な防腐剤とかなんとかかんとか・・・・・・・へぇー、じゃあなにか?トロロって一気喰いしてもそうそう死ぬことはないから経口急性毒性はかなーり低いよな。つまりヤマイモ(トロロ)は皮膚に塗っても安心なのか?へー、おれは痒くなるからやだなあ。メチパラが安心な防腐剤だってのに異論はないけどその理由が急性毒性が低いからでは、あまりにトンチンカンで泣けてくる。

このように「急性毒性が高い=塗ったら危ない」説や「急性毒性が低い=塗っても大丈夫」説を否定する事例はいくらでもある。なぜなら「どんだけ一気喰いしたら死ぬか」ということと「ちまちま皮膚に塗ってもいいか」ということは本質的に無関係なのだから、そもそも両者になにか関係があると思うほうがどうかしてる。

5.急性毒性は誤飲誤食時の安全対応に必要な参考値

ここまで言えばたいていの人は急性毒性で塗布安全性を語ることがいかに無意味なことなのかわかってもらえるんだけど、それでも「化粧品原料の安全データシートに急性毒性値が掲載されてるんだから安全性の指標なんでしょ?」とか駄々こねる学生もいる。おまえ、SDSにそんなこと書いてあるってすげえ知識があるのに、どうしてこれがわかんないんだ?

経口急性毒性は、一気喰いしたときの健康被害を推定する値だということは何度も言った通り。つまり、そういうこと。誤飲しても死ぬことはないのか、希釈や洗浄が必要なのかなど「誤飲時の対応を考えるための指標」。そういう用途の安全性情報。ちまちま塗ってもいいかどうかを考えるための指標じゃない。

6.信じちゃうのはなぜ?

この手のヨタ話のミソは、最初に急性毒性値一覧表という「事実」を見せるところ。知識が少ない人は、最初に事実に基づいた話から始められると途中から根拠薄弱なヨタ話に切り替わっても気づくことができない。だって知識がないんだからしょうがない。

本来ならメチルパラベン、エチルパラベン、エタノール、フェノキシエタノールなど各種化合物を皮膚刺激の強い順に並べて、その順番と急性毒性の高低とをまずは比較して、そこに関係があるかどうかを論じないといけない。ところがここを意図的にすっ飛ばして、皮膚刺激性と急性毒性が一致しているという結論ありきで表を突然出してくる。論ずべき事項を論ずるまでもない事実であるかのように誤認させているのがミソ。

話の冒頭から「急性毒性と皮膚刺激がこのように関係しているんです」って根拠もない断言をすると違和感を覚える人が多いけど、最初に急性毒性値という論ずるまでもない事実を並べると、知識がなかったり論証慣れしてない人はその後に提示される情報もすべて論ずるまでもない事実であると思ってしまう。

どっかの誰かが「小さなウソならばれるが、大きなウソならばれない」って言ってたよ。食塩やトロロみたいにわかりやすい反例があるにも関わらず「愚民どもよく聞け、急性毒性が高い成分は危険な化粧品成分だ!」って断言しちゃえば信じちゃう人は信じちゃうんだよな。

これは、足し算と掛け算の答えが同じになる事実を並べて「愚民どもよく聞け、足し算すれば掛け算の答えは出せるのだ!」ってヨタ話と同レベル。

2+2=4ですね。2×2=4ですね。
足し算も掛け算も答えは同じ。
1+2+3=6ですね。1×2×3=6ですね。
足し算も掛け算も答えは同じ。
1+1+1+2+5=10ですね。1×1×1×2×5=10ですね。
やっぱり足し算も掛け算も答えは同じです。
実はあまり知られてませんが、掛け算は足し算でできちゃうんです。
だから3×3=6なんですよ。

最初に事実を出して途中から根拠のないヨタ話に切り替わってる。足し算と掛け算の知識がある人は最後の2行が事実ではないことにすぐ気づく。しかし掛け算の知識が少ない小学2年生だとコロッと信じちゃう可能性大。

単回経口急性毒性(半数致死量)という皮膚塗布時の安全性と無関係な情報を使って自分の商売に都合のいい方向へ消費者を誘導する手法はかつて流行った危険物商法のテンプレート。でもこの急性毒性ネタは20年ほど前に絶頂期を迎え、その後は一定の割合で信じてしまう人を生み出しつつも、合成界面活性剤、合成ポリマー、発がんリスク、シリコーン、カチオンなど次々と現れる類似の新ネタを前に徐々に新鮮味を失って近年はあまりお目にかかることもなくなった。

7.学生よ、論理的思考を強化してくれ

ところが最近またぞろこの成分は急性毒性が高いから危ない成分だとかなんとかかんとかうんぬんかんぬん・・・とかいうヨタ話が復権してきたみたい。理系の大学生ですらコロッと信じちゃってるんだから根の深い問題だわ。ファッション業界も一周回ってまたコレか?!みたいなのがあるみたいだし。化粧品の危険商法ネタも一周回ってまたって繰り返すのか。