無添加

無添加。それは安心の象徴。

無添加。それは安全の象徴。

無添加。ああ、なんて甘美な響きでしょう。無添加と聞くだけであれやあれとはまったく違う安心で安全な商品だとわかってしまう。

無添加だから安心だよね。無添加の商品を買うようにしてるんだよね。

無添加は安心だ!みんな無添加を買え。安心だ。買え。買うんだぁっ!!

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わかりやすーい。

「無添加」ってのは添加物は有害なものでなければならないという勝手な決めつけが前提になっていることを知った。なんとなくそう思ってたけど。

電車で

「電車内での化粧はみっともない」という広告に「迷惑かけてないでしょ」とか「女性への抑圧だ」とかって否定意見を出す人もいるらしい。そうか、そういう感覚の人もいるのか。世の中は広いわ。

そんな昨日で、今日なんだけど、さっきな、京浜急行線に乗ってたんだ。体が触れ合うほどではないけど、それなりに混んでたんだ。でな、そこに女性が歯磨きしながら乗ってきた!

歯磨き? 歯磨き!

は、み、が、きいいぃぃ・・・っ!!!

口を半開きにして歯ブラシでシャカシャカ、シャカシャカ。歯ブラシを握ってる手はなんとご丁寧に使い捨てのビニール手袋をしてる。本格的だ。歯磨きする気満々すぎる!

シャカシャカシャカシャカ・・・・

女性は周囲の目をまったく気することなく歯磨きを続ける。これは京急の快特。次の駅まで約10分。そこそこ混んでるから遠くに逃げるわけにもいかず、とりあえず背を向けて視界から外す。でも、背後からシャカシャカシャカシャカが聞こえ続ける。

や、やめてくれえぇぇ!!!!!

ギルの笛を聞くキカイダーの気分がわかった気がするよ、ミツ子さん(遠い目)。

ここまであからさまに歯磨きしてるんだから俺が「みっともない」とか「迷惑だ」とか言っても、まずこの感覚そのものが理解してもらえないだろうな。化粧もそうだけど「身だしなみを整える」行為を公衆の面前で行なうのは恥ずかしいことだという感覚は、今の日本では共通感覚でなくなりつつあるのか。いや、そも過去においても日本社会においてそれがそもそも共通感覚であったことなどあったのだろうか。それは美しい日本という幻想でしかなかったのではないのか。

などと文学的随筆調でまとめてボブ・デュランの次は俺だぜとかふかしてみようと思ったものの、語彙の少なさに打ちひしがれたオレ。ダメだ、まとまらん。

しかし化粧、歯磨きときたら次はヒゲ剃りとか出てきても不思議じゃないな。いやそのまえに鼻毛カットか。ああ、すぐそばでヒゲ剃りされたらやだなぁ。ウイーン、ジョリジョリジョリジョリジョリジョリ・・・。何事にも動じない心の準備をしとかなきゃ。まずは完全な良心回路を搭載するとこからだ、キカイダー01。

パトカーのせいで仕事ができない、ということにする

いま、日曜のお昼どき。音楽教室 兼 久光工房事務所の「こだち」で仕事してるんだ。いや、休みの日も仕事してるオレ、昭和リーマンっぽくてカックイイとかそういう自慢にもならない自慢をしたいわけじゃないんだ。

家の玄関横に赤色灯を点灯したパトカーが来てアイドリング停車中。パトカーには2名の警察官が乗ってたように見えたけど、いまは無人のまま 10 分くらいウチの玄関横に止まってる。なんだろう、近所で何かあって聞き込み中なのかしら。仕事部屋のすぐ目の前に赤色灯をつけたパトカーが長時間アイドリングしてるのってすげープレッシャーなんだけど。ドキドキして仕事が手につかないよぉ。

ということで、仕事にならないからブログ書く。

というのは言い訳で、締め切りギリギリの仕事がたまってくるとどうしても現実逃避したくなるんだよな。さ、パトカー見ながら仕事、仕事。